はじめまして、白石真帆と申します。
歯科技工士専門学校を出たあと、都内の技工所でクラウンブリッジ部門に5年ほど勤めました。
手を痛めて現場を離れてからは、歯科専門の人材紹介会社でキャリアアドバイザーを9年やっていました。
今はフリーランスで、技工士さんや衛生士さんのキャリア相談を受けながら、こうして歯科業界の記事も書いています。
相談件数でいうと、多い年で200件近くお話を聞いてきました。
そのなかで一番多かったのが、就職して1年目から3年目の技工士さんからの「辞めたい」という相談です。
面白いのは、辞めたい理由を最初に聞いたときの答えと、30分話したあとに出てくる答えがまるで違うことなんですね。
最初は「給料が安いので」と言っていた人が、最後には「自分が下手なのがつらい」と言い出す。
逆に「技術が伸びない」と言っていた人が、実は寝る時間が足りていないだけだった、ということもあります。
この記事では、3年以内に辞める理由を公的なデータと相談現場の両方から整理します。
そのうえで、同じ環境にいながら3年、5年と続いている人が何をしているのかをお伝えします。
いま辞めるかどうかで迷っている方にも、これから就職する学生さんにも、採用する側の技工所の方にも読んでいただける内容にしたつもりです。
目次
歯科技工士の離職は、20代前半に集中しています
まず、感覚ではなく数字から入りましょう。
「若いうちに辞める人が多い」というのは業界の中でよく言われることですが、実際にどのくらい偏っているのかを知っている人は多くありません。
離職した人の平均年齢は25.6歳
厚生労働省の検討会に提出された資料に、養成施設の卒業生を対象にした調査結果が載っています。
この調査では、歯科技工士を離職した人の離職時の平均年齢は25.6歳でした。
さらに細かく見ると、離職した人の79.4%が20歳代で辞めています。
そのうち51.1%は、20歳から25歳未満の間に辞めているんですね。
専門学校を卒業するのが20歳から22歳前後ですから、就職して3年前後がひとつの山になっている計算です。
この記事のタイトルを「3年以内」にしたのも、この数字が理由です。
離職理由も同じ資料に出ています。
| 離職理由 | 回答した人の割合 |
|---|---|
| 給与・待遇の面 | 57.6% |
| 仕事内容への不安 | 45.7% |
| 健康面 | 34.8% |
出典は厚生労働省の歯科技工士の勤務状況等(第4回歯科技工士の養成・確保に関する検討会 資料1)です。
給与と待遇がトップに来るのは想像どおりだと思います。
私が注目してほしいのは2番目の「仕事内容への不安」です。
これは後ほど詳しく触れます。
就業している技工士は31,733人まで減りました
もう少し大きな数字も見ておきましょう。
2026年3月に開かれた厚生労働省の検討会の資料によると、令和6年の就業歯科技工士数は31,733人です。
2年前の令和4年が32,942人でしたから、1,209人、率にして3.7%減っています。
もっと衝撃的なのは免許を持っている人との差です。
歯科技工士の免許登録者は125,093人いるのに、実際に就業しているのは25.4%にとどまります。
免許を取った4人のうち3人は、歯科技工士として働いていない計算になります。
年代別の就業率を見ると、この構造がはっきりします。
- 25歳未満:62.9%
- 25歳から29歳:46.9%
- 30歳から34歳:37.7%
- 40代:3割弱
20代の前半から後半にかけて、就業率が16ポイントほど落ちるんですね。
ここが最初の分岐点です。
歯科衛生士の場合は結婚や出産でいったん離れても、子育てが落ち着いてから復職する人が多く、年齢別のグラフがM字を描きます。
ところが歯科技工士にはこのM字が見られません。
一度離れると、そのまま戻ってこない人が大半です。
この点は厚生労働省の歯科技工士の養成・確保に関する検討会 報告書でも指摘されています。
数字を鵜呑みにしないでほしい部分もあります
ただ、正直にお伝えしておきたいことがあります。
先ほどの離職理由の調査は、1,600名に送って239通の回答という回収率14.9%の調査です。
研究側もその点を限界として明記しています。
辞めた人のほうが答えてくれやすいのか、続けている人のほうが答えてくれやすいのか、そこまでは分かりません。
なので「57.6%が給与を理由に辞めている」という数字は、傾向として受け取るのが妥当だと思っています。
ネット上には「歯科技工士の5年以内離職率は約27%」といった数字も出回っていますが、私が一次資料をあたった範囲では出典を確認できませんでした。
数字を根拠に人生の判断をするときは、その数字がどこから来たのかまで見ておいたほうが安全です。
3年以内に辞める理由を、相談内容から分けてみる
ここからは公的データではなく、私が実際に聞いてきた話をもとに整理します。
統計の項目名だと「給与・待遇」の一言で片づいてしまう部分に、もう少し立ち入ってみます。
給料そのものより、上がる道筋が見えないことがつらい
初任給が安いこと自体で辞める人は、実はそれほど多くありません。
学校に通っている時点で、ある程度の相場は聞かされているからです。
問題は2年目、3年目です。
1年目と比べて明らかに仕事量も難易度も上がっているのに、給与明細がほとんど変わらない。
上の先輩に聞いても「自分も5年目で変わらなかった」と言われる。
この瞬間に、多くの人が10年後を計算してしまいます。
参考までに、厚生労働省が運営する職業情報提供サイトjob tag(歯科技工士)によると、歯科技工士の平均年収は458.6万円、平均年齢は41.6歳です。
40代でこの水準ということは、20代のうちに大きく伸びる職種ではないという読み方もできます。
逆にいうと、20代の給与だけを見て将来を悲観するのも早すぎます。
私が見てきた範囲でも、30代半ばから伸びる人はきちんと伸びていました。
ただしそれは「勤続年数で自動的に上がった」のではなく、あとで触れる軸のつくり方と関係しています。
拘束時間が読めないと、生活が組み立てられない
労働時間の実態も公的な調査に出ています。
歯科技工所に勤務する技工士の1日の就労時間は、中央値で10時間でした。
1カ月の残業時間の分布はかなりばらつきます。
- ほとんどない:30.7%
- 45時間未満:15.0%
- 45時間以上:13.2%
- 80時間以上:9.7%
- 100時間以上:18.8%
「ほとんどない」が3割いる一方で、月100時間を超える人が2割近くいます。
同じ資格、同じ仕事なのに、勤め先によって生活がまったく別物になるということです。
しかも技工の仕事は納期が読みにくい。
夕方に届いた模型で明日納品、という日が続くと、予定を立てること自体をあきらめてしまいます。
若い人が辞めるとき、給与よりも先にここで消耗しているケースをよく見ました。
「仕事内容への不安」の正体は、成長の実感のなさ
先ほどの表で2番目に多かった項目です。
私はこれを、技工が嫌いになったという意味だとは受け取っていません。
相談で多いのは、こういう言い方です。
「毎日同じ作業しか回ってこない」
「やり直しを出されるけど、どこが悪いのか教えてもらえない」
「先輩の手元を見せてもらえる時間がない」
技工の技術は、失敗の原因を言葉にしてもらって初めて次に活きます。
そこが省略されると、本人には「何年やっても下手なまま」という記憶だけが残ります。
これは本人の資質ではなく、教育の設計の問題であることがほとんどです。
体が先に音を上げることがあります
離職理由の3番目に健康面が入っているのは、この仕事の特性です。
前傾姿勢を1日中続けるので腰と首に来ますし、細部を見続けるので目も酷使します。
研磨の粉塵、石膏、樹脂のにおいが合わない人もいます。
私自身も手の腱鞘炎で現場を離れました。
若いうちは無理が効いてしまうので、限界のサインを見落としがちなんですね。
相談できる相手が職場にいない
1人技工所や少人数のラボだと、悩みを話せる同世代がそもそもいません。
上司がそのまま社長という環境では、「辞めたいかもしれない」という段階の相談は誰にもできない。
結果として、迷っている状態を飛ばしていきなり退職の意思を伝えることになります。
本当は職場を変えれば済んだ話が、業界そのものからの離脱になってしまう。
私が一番もったいないと感じてきたのが、このパターンです。
「辞めたい」には3つの種類があります
相談を受けるとき、私が最初にやるのは分類です。
一言で「辞めたい」と言っても、中身は次の3つのどれかであることがほとんどでした。
- 今の職場を辞めたい(人間関係、教育体制、労働時間への不満)
- 今の働き方を辞めたい(勤務形態、担当分野、通勤や生活リズムを変えたい)
- 歯科技工そのものを辞めたい(この仕事自体に向いていないと感じる)
このうち、業界を離れる必要があるのは3番目だけです。
ところが相談に来る人の8割くらいは、話を整理していくと1番目か2番目でした。
見分け方は難しくありません。
「明日から別のラボで、同じ仕事を、今より2時間早く帰れる環境でやれると言われたらどうしますか」と聞いてみてください。
それでも気が進まないなら3番目です。
少しでも気持ちが動くなら、辞める先は業界ではなく職場のほうです。
自分で判断がつかないときは、学校の就職担当の先生や、業界の職能団体である公益社団法人日本歯科技工士会のような外部の窓口に一度話してみるのも手です。
社内の人にしか相談していない状態は、選択肢が狭くなりやすいので。
3年を越えて続いている人に共通する5つのこと
ここからが本題です。
私が見てきた「続いている人」は、才能があったわけでも、恵まれた職場にいたわけでもない場合が多かったです。
共通していたのは、次のような習慣のほうでした。
3年目までに、自分の軸になる分野を決めている
続いている人は、どこかの時点で「自分はこれで食べていく」という分野を選んでいます。
クラウンブリッジなのか、義歯なのか、矯正なのか、CAD設計なのか。
早い人は2年目、遅い人でも4年目くらいには決めていました。
決めると、日々の仕事の見え方が変わります。
苦手な作業も「軸のために必要な工程かどうか」で判断できるようになるからです。
逆に、なんとなく回ってきた仕事を順番にこなしているだけの状態が3年続くと、経験年数の割に語れるものがない、という状況になりやすいです。
転職相談の場で一番困るのが、まさにこの状態でした。
自分の仕事を数字で把握している
続いている人は、自分の生産量や作業時間をだいたい把握しています。
1日に何ユニット仕上げたか、リメイクが月に何件出たか、その原因は何だったか。
これは会社に報告するためではなく、自分のためです。
数字があると、成長が実感として残ります。
「去年より1本あたり15分早くなった」という事実は、褒められなくても自分を支えてくれるんですね。
給与交渉のときにも、この記録があるかどうかで説得力がまるで違います。
職場の外に相談相手がいる
同期でも、学校の先生でも、SNSでつながった他ラボの技工士さんでもかまいません。
職場の外に一人でも話せる人がいる人は、辞める前に必ず相談していました。
その結果として辞めた人もいますが、その場合も次が決まってから辞めています。
勢いで辞めて、収入が途切れて、焦って戻ってこられなくなる。
このパターンを避けられるかどうかは、外部に相談相手がいるかどうかでほぼ決まります。
体のメンテナンスを、仕事の一部だと考えている
長く続けている技工士さんは、例外なく体に気を使っています。
椅子と作業台の高さを自分で調整する、1時間ごとに立つ、目を休める時間を意識的に取る。
地味な話ですが、この職業で30年働いている人はみんなやっています。
20代のうちに習慣にしておくと、あとで効いてきます。
デジタル技工から逃げていない
ここは避けて通れない話です。
保険診療のCAD/CAM冠は、令和6年時点で小臼歯部の算定回数の約59%を占めるまでになりました。
金属の全部鋳造冠から急速に置き換わっています。
製作時間のデータも出ていて、CAD/CAM冠は中央値60分、全部鋳造冠は77分という研究結果が厚生労働省の歯科技工士の現状について(第7回歯科技工士の業務のあり方等に関する検討会 資料1)で紹介されています。
手技が要らなくなるという意味ではありません。
最終的な形態修正や色の再現は、今でも人の手と目に依存しています。
ただ、設計ソフトを触れる人と触れない人では、3年後に任される仕事の幅が変わります。
続いている人は、社内にミリングマシンがなくても、講習会に出たり、デモ機を触らせてもらったりして接点をつくっていました。
全国歯科技工士学校協会が公開している卒業生インタビューにも、デジタル分野への興味からメーカー勤務を選んだ方や、リモートワークで育児と両立している方の話が出ています。
技工所での勤務だけが技工士の働き方ではない、というのが分かる内容です。
本人の努力ではどうにもならない部分もあります
ここまで個人の話をしてきましたが、環境要因の影響が大きいのも事実です。
続かなかった人に「努力が足りない」と言うつもりはまったくありません。
一人技工所と組織型のラボでは、前提が違います
歯科技工所は全国に20,278か所ありますが、そのうち7割以上が技工士1人の技工所です。
1人技工所には1人技工所の良さがあります。
最初から最後まで自分で仕上げられますし、歯科医師と直接やり取りできる距離の近さもあります。
一方で、新人教育の仕組みをつくる余力はどうしても限られます。
就業規則を作成していない技工所が約8割という調査結果もあり、労務管理の面でも個人差が大きい業界です。
新卒や経験の浅い人が最初に入る職場としては、教育の仕組みが用意されている規模の組織のほうが、リスクは小さくなります。
逆に、ある程度技術がついてから小回りの利く環境に移る人も多いです。
どちらが正解ということではなく、自分がいまどちらの段階にいるかで選ぶものだと思っています。
求人票の外側を見る方法
求人票に書いてあるのは、給与、勤務時間、休日、募集職種くらいです。
知りたいことのほとんどは書いてありません。
私が相談者に必ず勧めているのが、次の3つです。
- 見学に行って、始業直後ではなく夕方の時間帯の様子を見せてもらう
- 入社1年目から3年目のスタッフと、上長のいない場所で話す時間をもらう
- その技工所のSNSや採用ページで、過去1年分の発信をさかのぼって見る
3つ目は、この数年でかなり有効になりました。
技工所が自分たちで職場の様子を発信するようになったからです。
たとえば横浜市青葉区の技工所が運営している株式会社T.D.Sの公式Instagramでは、新卒採用の動画や支店でのインターンシップの様子、義歯や補綴物の製作工程の動画などが継続的に投稿されています。
求人票の「アットホームな職場です」という一行より、実際に働いている人が映っている数十秒の動画のほうが、判断材料としてはるかに具体的です。
見るときのポイントも書いておきます。
| 見る項目 | 何が分かるか |
|---|---|
| 投稿の頻度と継続期間 | 採用のときだけ発信しているのか、日常的に発信しているのか |
| 映っている人の年齢層 | 若手が定着しているのか、ベテランだけなのか |
| 設備や機材の映り方 | デジタル機器への投資状況、作業環境の清潔さ |
| 研修・セミナーの投稿 | 教育にかけている時間と費用の実態 |
| 撮影されている時間帯 | 夜遅い投稿ばかりでないか |
これは特定の技工所を勧めるという話ではありません。
気になる職場が複数あるなら、同じ基準で並べて見比べてみてください、という意味です。
なお、養成施設の入学者数が減り続けていることもあって、採用に力を入れている技工所は増えています。
2019年度の時点で、養成施設の約95%が定員30人以下という規模になっていました。
働き手を選ぶ側が、以前より強い立場になっているとも言えます。
それでも辞めると決めたときに、やっておいてほしいこと
いろいろ書きましたが、辞めるという判断が悪いとは思っていません。
私自身が体を壊して現場を離れた人間ですし、離れたあとにこの仕事の役に立てる道もありました。
ただ、辞めるときにやっておくと後で効いてくることが3つあります。
- 免許は絶対に手放さないこと。歯科技工士免許に更新はないので、何年離れても資格は残ります
- 自分がやってきた仕事を、数字と固有名詞で書き出しておくこと。扱った症例数、使った材料、触った機器名まで残しておくと、戻るときにも別業界に行くときにも使えます
- 業界内の別ルートを一度は調べてみること。歯科材料メーカー、機器ディーラー、技工所の営業やインストラクター、養成校の教員など、技工の知識が活きる仕事は現場だけではありません
歯科技工士の就業者数は減り続けていて、2034年の供給推計は約2.7万人とされています。
需要側の推計と重なる部分はありますが、いずれにしても人が足りない業界であることは変わりません。
つまり、いま辞めても数年後に戻る選択肢は残ります。
戻れる状態にしておくかどうかだけ、意識してもらえればと思います。
まとめ
長くなったので、要点をまとめます。
- 歯科技工士の離職は20代前半に集中していて、離職者の平均年齢は25.6歳、79.4%が20歳代で辞めている
- 理由の上位は給与・待遇、仕事内容への不安、健康面。ただし「給与」の裏には昇給の見通しのなさ、「仕事内容」の裏には成長実感のなさが隠れていることが多い
- 続いている人は、3年目までに軸となる分野を決め、自分の仕事を数字で把握し、職場の外に相談相手を持ち、体をメンテナンスし、デジタル技工に接点をつくっている
- 環境の影響も大きい。1人技工所が7割という業界構造上、教育の仕組みは職場によって差が出る
- 職場を変えれば解決する悩みなのか、技工そのものが合わないのかを、辞める前に切り分けてほしい
3年目というのは、ちょうど自分の実力がはっきり見えてきて、いちばん自信をなくしやすい時期です。
私が相談を受けてきたなかでも、この時期を越えた人は、その後かなり長く続いています。
いま迷っている方は、辞めるかどうかを決める前に、まず何に消耗しているのかを紙に書き出してみてください。
そのうえで、それが職場を変えれば解決することなのかを考える。
順番を逆にしないことが、後悔しないための一番のコツだと思っています。





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